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大阪高等裁判所 昭和38年(う)718号 判決

控訴人 被告人 花野政歳

検察官 石岡敏夫

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は弁護人山菅正誠の提出にかかる控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

論旨第一点について

よつて記録を精査するに、本件の訴因は被告人は八木繁夫、第二福神丸の船長大石源一、機帆船須佐丸の船長松原重正と共謀の上第二福神丸に積載した砲弾約九〇屯廃火薬十三屯八〇〇及び右須佐丸に積載した廃火薬四三屯五四〇を水深二〇〇メートル以上の海中に廃棄しなかつたものであるというのであるが、これに対し原判決は本件被告人につき、同人の乗船していた第二福神丸の積荷である砲弾、廃火薬についてのみ八木繁夫、大石船長と共謀のもとに不法投棄した事実を認定し、被告人が八木繁夫、松厚重正との間に共犯関係ある旨の訴因については主文においても理由中においても明示的に判断を示していないこと所論のとおりである。しかしながら本件訴因は被告人が八木繁夫、大石源一、松原重正と共謀して第二福神丸と須佐丸の積荷を不法に投棄したという単純一罪の訴因であり、右の如くに純一罪の一部につき証明がないものとして訴因より縮少された事実を認定するにあたつては主文において訴因の一部が無罪である旨を表示すべきものではなく、理由中において判断を示せば足るものであり、理由中における判断の示し方は必ずしも明示的になされる必要はなく黙示的に示されていてもよいのである。原審において取り調べたすべての証拠を綜合すれば被告人が八木繁夫、松原重正と須佐丸に積載した廃火薬の不法投棄につき共謀した事実は勿論投棄行為に協力した事実も全くないことを認めることができるのであつて、原判決は罪となるべき事実として八木繁夫、大石源一との共謀による火薬類の不法投棄の事実のみを認定していることに徴すると、原審は須佐丸の廃火薬の不法投棄の点については被告人に刑事責任はないものと判断し、その判断を黙示的に示していることが明らかである。従つて原審が起訴事実の一部について判断を遺脱したという所論は理由がない。

論旨第四点について

よつて考察を加えると、原判決は罪となるべき事実において大石船長が保安庁の監視なきを奇貨とし、火薬類取締規則第六七条第一項に規定する海域に達せざるに拘らず昭和三四年四月二日午前六時より同九時頃迄の間に第二福神丸に積載せる砲弾等約九〇屯廃火薬一三屯八〇〇を由良南方約一〇浬の海面より日の御崎燈台南方沖合に至る間の水深約六〇米乃至一〇〇米位の海中に投棄するに当り、被告人は漠然と大石船長の言を信じ、投棄海域の位置を確認せずして之に協力したと認定し、弁護人の意見に対する判断、錯誤の主張に就てと題する項において、被告人が大石船長より指定海面に到着したと告げられこれを信じて不法投棄に協力したとするも、本件の場合は違法性の錯誤又はあてはめの錯誤であつて事実の錯誤ではないから犯意を阻却しないと判示しているところからみると原審は火薬類の投棄場所が水深二〇〇米以上陸地を距ること八キロ以上の海面であるということの認識は故意の成立ありとするための要件ではないと考えていることが明白である。しかしながら、昭和三五年法律第一四〇号による改正前の火薬類取締法(以下旧法と略称する)二七条第一項は火薬類の廃案は廃棄の場所数量その他廃棄の方法について通商産業省令で定める技術上の基準に従つてこれをしなければならないと定め、これを受けた同法施行規則第六七条は火薬類の廃棄については、海中においてする場合にあつては八キロメートル以上海岸を離れ、かつ二百メートル以上の海水中に確実に沈下させるものとすと規定しており、旧法第六〇条一号の旧法第二七条第一項の規定に違反した者というためには、客観的に火薬類の投棄海面が陸地より八キロ未満でまたは、水深が二〇〇米未満であることを要し、この事情は法的構成要件に属する客観的行為事情として故意の認識の対象となるものと解するのが相当であり、右の事情を認識していないときは犯罪構成を組成する事実の認識を欠如するものとして犯意を阻却するものといわなければならない。しこうして本件の場合過失犯を処罰する明文の規定がなく、過失も故意犯と同様に処罰する趣旨であることを明瞭に窺いうる場合でもないので、故意犯のみが処罰されるものと解せざるを得ないのであるが、そうしてみると、原判示のとおり漠然と大石船長の言を信じ、指定海域に到着したものと信じ投棄海域を確認せずして火薬類の投棄に協力したとすれば故意のないこと明白であるから被告人に刑事責任を負わせることはできない筈である。原判決は法律の解釈適用を誤つたもので、右の誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから所論は理由があり原判決は破棄を免れない。

よつて他の論旨に対する判断を省略して刑事訴訟法第三九七条を適用して原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書により次のとおり判決する。

本件公訴事実の要旨は被告人花野政歳及び八木繁夫は中国化業株大会社作業課長宮田正男から火薬類の海中投棄作業を請負つた機帆船第二福神丸の船長大石源一、機帆船須佐丸船長松原重正が右廃棄作業をするにあたり、技術監督者として第二福神丸に警乗したものであるが、八木、大石、松原と共謀の上、昭和三四年四月二日午前六時頃より同日午前八時頃までの間淡路島由良南方約十浬の海面より和歌山県日の御崎燈台西方沖合までの間において、水深約六十米乃至八十米の海中に右第二福神丸に積載した砲弾約九十トン廃火薬約一三トン八〇〇及び右須佐丸に積載した廃火薬四十三トン五四〇を投棄し、もつて該物件を水深二〇〇メートル以上の海中に投棄しなかつたものであるというにある。

よつて原審において取り調べたすべての証拠を検討すると、原判決が罪となるべき事実欄において認定したとおりの事実を認めることができ、被告人が八木及び須佐丸の船長松原重正と共謀して同船に積載していた廃火薬類を不法に海中に投棄したという点については証明のないこと前説示のとおりである。ところで被告人及び八木両名とも保安要員として第二福神丸に乗込んだものであり、航海のことに関しては素人で海図を見ても船がどこにいるかもよく判らない状態であつたので、船の運航は一切船長に任せていたところ、淡路島の由良港を出港して五時間程たつた頃船長から指定海面に到達したといわれ、八キロメートル以上海岸を離れかつ深さ二百メートル以上の海面に達したものと誤信して、火薬類の投棄の手伝いをしたというのが真相と認められ、記録を精査し、ことに被告人及び八木繁夫の各供述調書を熟読しても、被告人が指定海域に到達していないことを知つていたという確定的故意はもちろん未必の故意があつたという心証も形成することができないのである。

ところで旧法第二七条第一項、第六〇条一号の罪は故意犯のみが処罰されること前説示のとおりであり、被告人に本件犯罪の故意があつたという点において証明がないので、刑事訴訟法第三三六条に則つて被告人に対し無罪の言渡をなすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 児島謙二 裁判官 畠山成伸 裁判官 松浦秀寿)

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